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東京地方裁判所 平成7年(ワ)19640号 判決 1998年1月29日

原告

ツインタワー住利

管理組合管理者

冨澤正雄

右訴訟代理人弁護士

伊藤伴子

被告

安孫子政江

外五名

右訴訟代理人弁護士

榎本武光

主文

一  被告飯野茂は、別紙物件目録二記載の建物内において猫を飼育してはならない。

二  被告池ヶ谷勇は、別紙物件目録二記載の建物内において犬を飼育してはならない。

三  被告吉村重子は、別紙物件目録二記載の建物内において犬を飼育してはならない。

四  被告和田盛夫は、別紙物件目録二記載の建物内において犬を飼育してはならない。

五  被告五月女雅俊は、別紙物件目録二記載の建物内において犬を飼育してはならない。

六  原告の被告安孫子政江に対する請求を棄却する。

七  原告の被告飯野茂、被告池ヶ谷勇、被告吉村重子、被告和田盛夫及び被告五月女雅俊に対するその余の請求をいずれも棄却する。

八  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告飯野茂、被告池ヶ谷勇、被告吉村重子、被告和田盛夫及び被告五月女雅俊の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  主文一ないし五項と同旨

二  被告安孫子政江、被告飯野茂、被告池ヶ谷勇、被告吉村重子、被告和田盛夫及び被告五月女雅俊は原告に対し、連帯して、二〇六万三四〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成七年一〇月二八日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、高層集合住宅の管理組合の管理者である原告が、右高層集合住宅の区分所有者である被告らに対し、管理規約・使用規則に基づき、ペット(犬、猫)の飼育禁止等を求めた事案である。

以下、被告安孫子政江を「被告安孫子」、被告飯野茂を「被告飯野」、被告池ヶ谷勇を「被告池ヶ谷」、被告吉村重子を「被告吉村」、被告和田盛夫を「被告和田」、被告五月女雅俊を「被告五月女」、別紙物件目録記載の一棟の建物を「本件建物」、同目録一記載の建物を「一〇一号室」、同目録二記載の建物を「三〇三号室」、同目録三記載の建物を「四一一号室」、同目録四記載の建物を「九〇四号室」、同目録五記載の建物を「一一〇二号室」、同目録六記載の建物を「一四〇五号室」、本件建物の管理組合であるツインタワー住利管理組合を「本件管理組合」、建物の区分所有等に関する法律を「区分所有法」という。

一  争いのない事実

1  本件建物は、旧同潤会住利アパート(以下「旧アパート」という。)を中心とした再開発事業により建築されたものである。

原告は、本件建物の八〇一号室の区分所有者であり、平成七年二月一九日の本件管理組合設立総会及び同月二四日の理事会において理事長に選任され、区分所有法二五条、ツインタワー住利管理規約(以下「本件規約」という。)二二条により管理者となった者である。

2  被告らは、いずれも本件建物の区分所有者である。

すなわち、被告安孫子は一〇一号室の、被告飯野は三〇三号室の、被告池ヶ谷は四一一号室の、被告吉村は九〇四号室の、被告和田は一一〇二号室の、被告五月女は一四〇五号室の区分所有者である。

3  本件建物においては、本件規約一八条に基づき規定された使用規則(以下「本件使用規則」という。)により、ペットの飼育について左記の趣旨のとおり記載されている。

(一) 使用者(本件規約七四条一項に定める区分所有者等)は次の行為をしてはならない。(五条)

小鳥又は小魚以外の動物を飼育すること

(二) 理事長は使用者が右(一)(五条)に規定する禁止行為に違反した場合には、理事会の決議に基づき、当該使用者に対して警告を行い又は中止させ若しくは現状回復を求めることができる。

現状回復等に要する費用は、すべて当該使用者の負担とする。(九条)

4  右3のペット飼育禁止の案件は、平成六年六月二六日の住吉・毛利地区市街地再開発組合(以下「再開発組合」という。)の定時総会において多数決によって可決されたものである。

5(一)  被告安孫子は、柴犬一匹、猫一匹を一〇一号室で飼育していた。

(二)  被告飯野は三〇三号室で猫一匹を、被告池ヶ谷は四一一号室でシーズー二匹を、被告吉村は九〇四号室で犬一匹を、被告和田は一一〇二号室でポメラニアン一匹を、被告五月女は一四〇五号室でポメラニアン一匹をそれぞれ飼育している(以下、右(一)及び(二)記載の犬、猫を一括して、本件犬猫という。)。

6  本件管理組合は、平成七年八月三一日の理事会において、理事長による本件訴訟の提起、遂行を承認した。

二  被告安孫子のペットについて

弁論の全趣旨(明らかに争いがない事実を含む。)及び乙一二号証によれば以下の事実が認められる。

1  被告安孫子の柴犬は、平成八年八月一日、死亡した。

2  被告安孫子の飼い猫は、平成九年八月二五日、一〇一号室から転居した。

3  現在、一〇一号室には、被告安孫子のペットはいない。

三  原告の主張

1  本件建物においてペットの飼育が禁止されることは、権利変換計画案が出来上がる前から、再開発ニュース(平成二年一〇月一一日付け、甲四の一)によって公にされている。

2  本件管理組合は、本件規約及び本件使用規則の禁止行為の現状回復費用(本件訴訟に要する費用)として左記のとおり二〇六万三四〇〇円を出捐することとなった。

(一) 訴訟申立印紙

四万六六〇〇円

(二) 訴訟用郵券

一万六八〇〇円

(三) 弁護士費用

着手金一〇〇万円

報酬一〇〇万円

四  被告らの主張

本件ペット飼育禁止請求は不合理であり、権利の濫用である。

1  本件建物は、旧アパートを中心に店舗併用住宅及び病院のあった地区を、東京都市計画事業住吉・毛利地区第一種市街地再開発事業(以下「本件再開発事業」という。)により再開発したものである。

2  原告及び被告らは、同じ地区の住民であった。

被告らは、右地区に居住していたときから、本件犬猫を家族同様に飼育して生活していたのであり、原告も同一地区内の人間としてこれを承知していたものである。

3  被告らは、本件再開発事業がなされても、従前の家族同様に飼っていた本件犬猫も被告らとともに、本件建物に居住・移転できるものと考えていたのであり、それゆえ本件再開発事業に同意、協力したものである。

4  被告らが、本件建物に入居するときには、ペット飼育禁止の管理規約や使用規則は存在しなかった。

再開発事業が、「親子が共にふるさと住利に帰ろう」のスローガンのもとにすすめられたものである以上、ペット飼育を含む従前のとおりの生活が引き継がれることも充分にあり得るところである。

5  平成六年一月三〇日の再開発組合の臨時総会において、従前のペット飼育者から「今ごろになってペット禁止を決めるなんていわれても納得がいかない。」との発言が出て、再開発事業のコンサルタント(黒田)から「今まで飼っている方はやむなしということでいかがでしょうか。」との発言があり、右趣旨について採決をはかったところ、従前のペット飼育者は、これを承諾した。

にもかかわらず、同年六月二六日の再開発組合の定時総会は、ペット飼育禁止の案件を多数決によって可決した。

6  被告らは、本件管理組合に対して、ペット飼育問題が、単純に管理規則・使用規則で定めればすむ問題でないことを指摘し、他のマンションの解決事例などをも参考にして、「一代限りの飼育、飼育ルールの作成」という具体的な提案・要望をしたが、原告を含む本件管理組合の理事は、被告らが徒党を組んだとして、被告らの右提案・要望を一切受け付けようとしなかった。

本件管理組合の理事会の構成・運営のあり方には疑問があるといわなければならない。

五  争点

原告による本件ペット飼育禁止請求は権利の濫用といえるか。

第三  当裁判所の判断

一  後掲各証拠によれば以下の事実が認められる。

1  平成二年一〇月一一日付け市街地再開発ニュース(甲四の一)には、「ペットの寄生虫病にご用心」との表題のもとに「鳥・犬・猫など家の中で飼う人が増えています。私どもの再開発ビルの中では、管理組合規約の中でこれらのペットは一切飼えないことになっております。その理由の一つとして鳴き声やふん、尿の外にペットが寄生虫病に強くかかわっているケースがあることもだんだん分かってきたからです。」との記載がある。

2  平成五年一〇月一一日付け市街地再開発ニュース(甲四の二)には、「マンション内でのペットの飼育」との表題のもとに「ペットの飼育が共同生活をして行くなかでいかに問題になるかその主な理由として次のようなものが挙げられます。ペットの嫌いな人がいる。ペットが噛付く、鳴き声がうるさいなど、他の居住者に迷惑をかける。ペットを飼える庭がない、ペット用の遊び場がない、など飼える状況に無い。ペットから発生する臭い、糞尿、抜毛、害虫などが喘息など病気の原因になる。これら等のことが理事会でも審議され使用規則に盛込まれます。」との記載がある。

3  平成六年三月一日付け市街地再開発ニュース(甲四の三)には、「マンション内でのペットの飼育」との表題のもとに「ペットの飼育が共同生活をして行くなかでいかに問題になるかその主な理由として次のようなものが挙げられます。ペットの嫌いな人がいる。ペットが噛付く、鳴き声がうるさいなど、他の居住者に迷惑をかける。ペットを飼える庭がない、ペット用の遊び場がない、など飼える状況に無い。ペットから発生する臭い、糞尿、抜毛、害虫などが喘息など病気の原因になる。これら等のことが理事会でも審議され使用規則に盛込まれます。また、その結果、使用規則第五条第一九号に小鳥又は小魚以外の動物を飼育することは禁止すると盛り込まれ、最終的には総会にかけて決定することになります。」との記載がある。

二  右一で認定した事実及び証拠(甲一〇、原告代表者本人尋問の結果、証人安孫子雅弘の証言)によれば、旧アパートでペットを飼育している人が少なからずいたこと、旧アパートを取り壊し、再開発事業により、本件建物を建築するにあたり、本件建物でのペット飼育の可否が住民間で問題となり、遅くとも平成四年七月ころからは、再開発組合の理事会で議論されていたこと、右理事会の場では、環境美化、糞尿問題等の観点から、ペット飼育については消極的な意見が多かったこと、平成六年一月三〇日の再開発組合の臨時総会において、一代限りの飼育のみ認めるという案が出たものの、同年六月二六日の再開発組合の定時総会においてペット飼育禁止の案件が多数決で可決されたこと、本件建物への居住者の入居は同年一一月一六日以降であることが認められる。

三  おもうに、マンションその他の集合住宅においては、居住者による動物の飼育によってしばしば住民間に深刻なトラブルが発生すること、他の居住者に迷惑がかからないように動物を飼育するためには、防音設備、防臭設備を整え、飼育方法について詳細なルールを設ける必要があることから、集合住宅において、規約により全面的に動物の飼育を禁止することはそれなりに合理性のあるものであり、ペット飼育禁止を定めた本件使用規則の制定にあたり手続上の瑕疵が認められない以上、原告による本件ペット飼育禁止請求が権利の濫用にあたるとまでいうことはできない。

たしかに、証拠(乙一二ないし一八)によれば、被告ら(被告安孫子を除く。)にとって、ペットは、家族の一員であり、精神的な支えとなっており、ペットと別れての生活はおよそ考えられないことが認められる。

また、証拠(乙三ないし一一)によれば、集合住宅においても、ペットの飼育は、運営如何によっては、充分可能であること、ペットの飼育を容認している集合住宅も珍しくないことが認められる。

しかしながら、これらの事情があるからといって、現実に再開発組合の定時総会においてペット飼育禁止の案件が多数決で可決されている以上、右決議の効力を否定してまで、ペットの飼育を容認することはできないものといえる。

四  もっとも、原告が主張するところの現状回復費用は、本件訴訟に要する費用であるところ、弁護士費用は、その性格上、現状回復費用に含まれるものとは解しがたく、訴訟申立印紙及び訴訟用郵券は、訴訟費用として被告らの負担とされるものについては、訴訟費用に含まれるものであり、それ以外のものについては、その性格上、原状回復費用に含まれるものとは解しがたいものといえる。

五  よって、主文のとおり判決する。

なお、仮執行宣言については相当でないので、これを付さないこととする。

(裁判官小林元二)

別紙物件目録<省略>

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